こんにちは。
くつろぎのセラピスト Megumiです。
「しっかり者だね」
「みんなに優しいね」
「いつも明るいね」
そんなふうに言われたことはありませんか?
もちろん、それは相手が感じたあなたの印象です。
でも、その一言が、いつの間にか
「私はそういう人でいなければならない」
と、自分自身を縛ってしまうことがあります。
今回は、心理学者カール・ユングの「ペルソナ」という考え方をヒントに、「自分にくつろぐ」ことについて考えてみたいと思います。
ペルソナとは「社会の中での役割」
ユングは、社会の中で身につける役割や、人から見えている自分の顔のようなものを「ペルソナ」と呼びました。
語源は、古代ローマの演劇で役者が身につけていた「仮面」だと言われています。
私は、このペルソナを洋服のようなものだと思っています。
仕事では仕事の洋服。
家族といるときは家族としての洋服。
友達といるときは友達としての洋服。
私たちは、場面によって自然に着替えながら生活しています。
役割そのものは悪いことではない
ユングは、ペルソナそのものが悪いとは考えていませんでした。
社会の中で生きていくためには、それぞれの役割が必要だからです。
ただ、その役割と自分自身を同じものだと思い込んでしまうと、苦しくなることがあります。
例えば、
「私はしっかり者だから弱音を吐けない。」
「私は優しい人だから断れない。」
そんなふうに、自分で自分を縛ってしまうことがあります。
本当の私は、一つではない
仕事をしている自分。
家族と過ごしている自分。
友達と笑っている自分。
一人でぼーっとしている自分。
どれも、あなた自身です。
どれか一つだけが「本当の私」ではありません。
役割は、その場に合わせて着ている洋服のようなもの。
洋服を着替えるように、その場に合わせて自然に変わることは、決して悪いことではないのです。
相手にも「役割の奥」がある
この考え方は、自分だけでなく、相手にも当てはまります。
私たちは誰でも、仕事や家庭、友人関係など、それぞれの場面で役割を持って暮らしています。
その役割は、その人の一部ではありますが、その人のすべてではありません。
だからこそ、役割だけを見るのではなく、その奥にいる一人の人として関わる時間も、大切なのではないかと思います。
ときどき「洋服」を脱いでみる
毎日、私たちはさまざまな役割を担っています。
だからこそ、ときどきその洋服を少し脱いで、自分に問いかけてみてください。
「私は今、どう感じている?」
「私は今、どうしたい?」
その小さな声を、置いていかないこと。
それが、自分を置いてけぼりにせず、自分の中心へ戻り、「自分にくつろぐ」ことにつながっていくのではないかと、私は思います。
その洋服を脱いだとき、あなたはどんな表情をしているでしょうか。
今日も、自分にくつろぐ時間を、大切に。
ラジオからも「自分にくつろぐ」ヒントを
今回の内容は、ラジオでも具体例を交えながら、もう少し詳しくお話ししています。
耳でゆっくり聴きたい方は、ぜひラジオもあわせてお楽しみくださいね。
キャンドルタイムでほっと一息|Ep.2-65 心理学から学ぶ、自分にくつろぐ① 人から見える「私」は、本当の私?


